※第9話までのネタバレを含みます
「Tシャツが乾くまで」で、意外と気になるのがフィナンシェをめぐるあずさと樹生の食い違いです。
樹生はあずさがフィナンシェを好まないと認識しているのに、あずさ本人は古書店でフィナンシェについて好意的に話しています。
では、なぜ二人の認識は違っているのでしょうか。
第9話までを整理すると、あずさがフィナンシェを嫌う具体的な理由は、まだ明らかになっていません。
樹生があずさの好みを誤って認識していた可能性や、フィナンシェにまつわる過去の出来事が関係している可能性など、いくつかの見方が残されています。
さらに、第9話では充と咲子の間でもフィナンシェをめぐるすれ違いが描かれました。
こうした描写まで含めると、フィナンシェは「あずさの好き嫌い」だけではなく、相手を理解しているつもりでも実際にはズレが生じるという、夫婦の関係を考える手がかりにも見えてきます。
この記事では、第9話までに分かっている情報を整理しながら、あずさとフィナンシェの関係について考察していきます。
この記事でわかること:
- あずさと樹生のフィナンシェをめぐる認識の違い
- 樹生が「あずさは嫌い」と考えていた理由として考えられる説
- フィナンシェが物語の中で繰り返し登場する意味
- 最終回でフィナンシェの謎が回収される可能性
フィナンシェをめぐる「あずさ」の発言を整理
「Tシャツが乾くまで」でフィナンシェが気になるのは、単に登場回数が多いからではありません。
第1話の何気ないやり取りの中で、あずさ本人の認識と樹生が持っていた認識に食い違いが見えるため、その後の展開を知るほど意味深な場面になっています。
樹生が語った妻の好みと最初の違和感
第1話では、製菓メーカーに勤める樹生が職場でフィナンシェを持ち帰るよう勧められた際、あずさはフィナンシェを好まないという趣旨の話をしています。
ここだけなら、夫が妻の苦手なものを把握しているという、ごく普通の夫婦の会話にも見えます。
ところが、この場面には後から見ると引っかかる部分があります。
なぜなら、同じ第1話の中で、あずさ自身は古書店で焼き菓子について好意的に話しているからです。
つまり、樹生が知っている「あずさ」と、あずさ本人が見せている好みが一致していないという違和感が、物語の早い段階から置かれていたことになります。
あずさ自身が見せた意外な好み
あずさの場面で重要なのは、「フィナンシェが好きなのか嫌いなのか」という単純な二択だけではありません。
古書店で宮内から焼き菓子について尋ねられた際、あずさは好意的な反応を示しています。
樹生の認識とは異なる情報を、あずさ本人が別の場所で見せているわけです。
この違いを考えると、樹生があずさの好みを間違えて覚えていた可能性は考えられます。
ただし、現時点では「樹生が勘違いしていた」と確定したわけではありません。
あずさが以前は苦手だったものを後から好むようになった可能性や、フィナンシェに関して夫婦の間で何らかの出来事があった可能性も残されています。
第9話までフィナンシェが残している疑問
そして、この疑問が第1話だけで終わっていないところがポイントです。
第9話では、充が咲子のために持ち帰るフィナンシェについて、咲子が以前は「時々」だったから嬉しかったという趣旨の話をしています。
相手を喜ばせるための行動でも、頻度や受け取る側の気持ちによって意味が変わることが描かれました。
こうして見ると、フィナンシェは「あずさが好きか嫌いか」だけを示す小道具とは限りません。
相手の好みを知っているつもりでも、本当に相手が望んでいることとはズレるというテーマと結び付けて考えることもできます。
ただし、あずさと樹生の間に同じ構図が成立していると公式に説明されたわけではなく、ここから先は作品全体を踏まえた考察として見る必要があります。
なぜ「あずさは嫌い」という話になったのか
ここから気になるのが、あずさ本人が好意的に話しているフィナンシェを、なぜ樹生は「妻が苦手なもの」と認識していたのかという点です。
第9話までの本編では、そのきっかけとなった出来事は明確に描かれていません。
本人の好みと樹生の認識が食い違う理由
第1話で示されたのは、あずさの実際の好みと樹生が把握している好みが異なっているという事実です。
どちらか一方の発言が間違っていると決めつける材料はなく、まずは「夫婦の間で情報が共有されていない」という状態として見るのが自然でしょう。
たとえば、あずさが以前にフィナンシェについて何か話していたとしても、その言葉を樹生が別の意味で受け取っていた可能性は残ります。
反対に、あずさ自身の好みが変わったという可能性も否定できません。
現段階では、樹生がなぜその認識に至ったのかという部分そのものが謎になっています。
「分かっているつもり」が生んだ可能性
この謎を夫婦関係という視点から見ると、樹生があずさをよく知っているつもりだった可能性は気になるところです。
夫婦で長く一緒にいるほど、相手の好みや習慣を「自分は分かっている」と考えやすくなります。
しかし、それが本人への確認なしに固定された認識になれば、実際の気持ちとのズレが生まれることもあります。
あずさについて描かれている夫婦間の会話にも、樹生が自分の判断を先に置いてしまうような特徴があります。
そのため、フィナンシェについても同じような構図があったのではないか、という見方はできます。
ただし、樹生が意図的にあずさの気持ちを無視していたとまでは確認できません。
本人なりに妻を理解していると思っていた可能性も考えられます。
過去にフィナンシェが関係する出来事はあったのか
もう一つ考えられるのが、フィナンシェそのものに過去の出来事が結び付いているという説です。
もし二人の間に、フィナンシェをめぐる何らかの会話や出来事があったのなら、樹生の「嫌い」という認識にも別の意味が出てきます。
ただ、第9話までに具体的なエピソードは確認できていません。
そのため、「過去にこんな事件があった」と具体的な内容を作ってしまうのは避けるべきでしょう。
現時点では、フィナンシェに特別な過去がある可能性は考えられるものの、その中身はまだ不明という整理になります。
フィナンシェが物語で繰り返される意味を考察
フィナンシェの謎を考えるとき、あずさと樹生のやり取りだけに注目すると、どうしても「好きなのか嫌いなのか」という話に見えてしまいます。
ところが、第9話までの展開を整理すると、フィナンシェは別の人物の関係にも登場しています。
そこで、このお菓子が物語の中でどんな役割を担っているのかを考えてみます。
樹生とあずさの関係を映すアイテムという見方
あずさと樹生のフィナンシェをめぐる食い違いで目を引くのは、「相手の好みを知っているはずの夫」と「実際に好みを語っている妻」の間に差があることです。
これは食べ物の好みだけの問題ではなく、夫婦がお互いをどこまで理解できているのかという部分にもつながります。
特に樹生は、あずさについて自分なりの認識を持っています。
その認識が本人の現在の気持ちと一致しているのかは別問題です。
そのため、フィナンシェは二人の間にある認識のズレを目に見える形にしたものと捉えることもできます。
ただし、これが制作側の意図だと明言されているわけではなく、作品の描写から考えられる一つの解釈です。
充と咲子のエピソードから見える別の意味
フィナンシェについて考えるうえでは、充と咲子の関係も見逃せません。
第9話では、充が咲子の好物を喜ばせようとして、フィナンシェを毎日のように持ち帰るようになります。
ところが咲子は、以前のように時々もらうからこそ嬉しかったという趣旨の反応を見せています。
ここでは、相手の好きなものを用意すれば、それだけで相手が喜ぶとは限らないことが描かれています。
善意から始まった行動でも、相手の受け取り方によっては負担になってしまうことがあるわけです。
あずさと樹生の場合も、「相手のためを思っていること」と「相手の本当の気持ちを理解していること」は別なのではないかという視点で見ると、フィナンシェの存在が少し違って見えてきます。
「好きなものを知ること」と夫婦の距離
フィナンシェを単なる食べ物としてではなく、「相手を知る」というテーマにつながる小道具として見ることもできます。
好きなものを覚えていることは、相手への理解を示す一つの方法です。
しかし、その情報が古かったり、本人の気持ちを確認しないまま固定されていたりすれば、知っているつもりでも実際の相手とはズレてしまいます。
この点は、あずさと樹生の関係を考えるうえでも気になるところです。
樹生があずさの好みを「嫌い」と認識している一方で、あずさ本人は好意的に話している。
この食い違いには、夫婦だからこそ分かっていると思い込んでしまう危うさが表れているという見方ができます。
もっとも、フィナンシェが作品全体を通してこのテーマを象徴していると公式に説明されたわけではありません。
第9話までの描写から読み取れる範囲では、あずさと樹生、そして充と咲子のそれぞれの関係において「相手の気持ちを理解すること」の難しさを考えるきっかけになるアイテム、と捉えるのがよさそうです。
あずさをめぐる伏線は最終回でどうなる?
ここまで見てきたように、フィナンシェの謎は「あずさが本当に嫌いなのか」という一点だけではありません。
樹生があずさをどう見ていたのか、二人の間にどんな認識のズレがあったのかを考える手がかりとしても気になる場面です。
さらに、別の人物との関係にもフィナンシェが登場したことで、最終回でどこまでつながるのかが注目されます。
「ねっ」に表れる夫婦間の認識のズレ
あずさが夫について語った場面では、樹生が会話の最後に「ねっ」と付けることで、自分の考えを相手も同じように受け入れているかのように話をまとめてしまう、という趣旨の描写があります。
これを踏まえると、樹生は相手の気持ちを無視しているというより、相手も自分と同じ考えだと受け止めやすい人物として見ることができます。
この特徴をフィナンシェの件と重ねると、樹生が「あずさは嫌い」と考えていたことにも別の見方ができます。
あずさが過去に何かを伝えていたとしても、樹生がその意味を自分なりに受け取っていた可能性は残ります。
ただし、「ねっ」という話とフィナンシェの発言が直接つながっていると確認されたわけではありません。あくまで二人の関係性を考えるうえでの手がかりです。
樹生と明奈の場面から考えられる別の可能性
第1話では、樹生が同僚の明奈からフィナンシェを持ち帰ることを勧められ、その際にあずさはフィナンシェを好まないという趣旨の話をしています。
この場面があるため、視聴者の間では「なぜ樹生はそう答えたのか」という疑問も生まれています。
その理由については、明奈との関係を含めてさまざまな推測があります。
ただし、二人の関係をフィナンシェと結び付けて不倫などの事実として扱えるだけの確定情報は確認できません。
現時点では、樹生がなぜその場で「あずさは嫌い」と説明したのかという部分そのものが、まだ残されている疑問と考えたほうがよいでしょう。
最終回でフィナンシェの謎が明かされるのか
現在は第9話まで放送されており、最終回となる第10話はまだ放送前です。
そのため、フィナンシェの謎が最終回で回収されるのかどうかは、現時点では分かっていません。
第1話から残っている食い違いだけに、最後まで注目したいポイントです。
考えられる展開の一つは、樹生があずさの好みを誤って認識していた理由が明かされるパターンです。
反対に、フィナンシェには二人がこれまで語っていなかった出来事があり、それが樹生の発言につながっていたという展開も考えられます。
また、第9話で充と咲子の間にもフィナンシェをめぐるすれ違いが描かれたことを考えると、最終回では「あずさの好き嫌い」という答えだけではなく、相手を理解するとはどういうことなのかという作品全体のテーマに結び付けて描かれる可能性もあります。
もっとも、これは放送前の考察であり、実際にどのような結末になるのかは最終回を待つ必要があります。
まとめ
この記事のポイントをまとめます。
- 第1話では、樹生があずさについてフィナンシェを好まないという認識を示していました。
- 一方、あずさ本人は古書店でフィナンシェを含む焼き菓子について好意的に話しています。
- このため、二人の間には好みについての認識のズレがあることが確認できます。
- 第9話までに、あずさがフィナンシェを嫌うようになった具体的な経緯は明らかになっていません。
- 樹生があずさの好みを誤って認識していた可能性は考えられますが、勘違いだったと確定したわけではありません。
- あずさの好みが変化した可能性や、過去の出来事が関係している可能性も残されています。
- あずさが夫について語った「ねっ」に関する話は、二人の間にある認識のズレを考える手がかりになります。
- フィナンシェをめぐる樹生と明奈の場面には複数の解釈がありますが、二人の関係について不倫などを確定情報として扱うことはできません。
- 充と咲子の関係でもフィナンシェが登場しており、相手の好みを理解することと、相手が本当に喜ぶことには違いがあると読み取れます。
- 最終回でフィナンシェに関する疑問が回収されるかどうかは、第9話終了時点ではまだ分かっていません。
結局のところ、「Tシャツが乾くまで」のフィナンシェは、単なる好き嫌いだけでは片づけにくい存在です。
あずさ本人の発言と樹生の認識が食い違っている以上、そこには何らかの理由があると考えられます。
ただし、第9話までではその理由が明確に説明されていないため、現時点で「樹生の勘違い」と断定することはできません。
一方で、樹生が相手の気持ちを先回りして受け取ってしまうような描写や、充と咲子のフィナンシェをめぐるやり取りを見ると、作品の中で「相手を分かったつもりになること」が重要なテーマの一つとして描かれている可能性はあります。
フィナンシェの謎が単独の伏線なのか、それとも夫婦のすれ違いを象徴するものなのか。
最終回でどこまで明らかになるのかが注目されます。